不測に立ちて無有に遊ぶStanding in the unknowable, playing in the void.
荘子・応帝王篇
予測不能の場所に立って、何もない中で遊ぶ。二千数百年前の東洋古典が、digiterior の "あいだに立つ" を先に言っていた。しかもここには「遊ぶ」の一字がある。緩さと究めるが、荘子の中では最初から一つだった。
reference index · eight recurring words
Eight words that keep surfacing.
この数年、身近で反復している言葉が幾つかある。時々薄れて、また浮かんでくる。水面の光の反射によって、記憶に入ったり出たりする。このタイミングでは、これ、というのを八つ書き出しておく。扇の勾配の下に流れる水源、あるいは石垣の下の暗渠。読み返した時にまた光が当たるように。
荘子・応帝王篇
予測不能の場所に立って、何もない中で遊ぶ。二千数百年前の東洋古典が、digiterior の "あいだに立つ" を先に言っていた。しかもここには「遊ぶ」の一字がある。緩さと究めるが、荘子の中では最初から一つだった。
シュテファン・ツヴァイク『人類の星の時間』
歴史が凝縮する決定的な瞬間の記録。ツヴァイクが集めたのは、後から見て「あの瞬間に世界の向きが変わった」と分かる十二の場面。会田祥彦が一九八三年に社名を刻んだ瞬間、株を引き取った一九八六年の夏、そして Digiterior Studio が着地したこの週——後から振り返れば全部が星の時間である。
ヴィクトール・フランクル『夜と霧』
強制収容所という極限の場で、それでも人が意味を失わない条件は何か。「なぜ生きるかを持つ者は、どのように生きるかにも耐えられる」(ニーチェをフランクルが引く)。楽 = PLAY の極限状態からの照射。プロセスにこだわる、というテーマの背骨に、いつもこの一冊がいる。
竹内整一(日本倫理思想史)
「自分でやる(自ら)」と「自然と起こる(自ずから)」は、日本語では同じ「自」の字を使う。この重なりは偶然ではなく、日本語がずっと保ってきた微妙な文法である。意志と自然の"あいだ"。digiterior が interior と exterior の間に立つのと、同じ場所に、この文法がある。
クロード・レヴィ=ストロース『野生の思考』
手元にある材料で、その場で組み立てる。設計図から作るのではなく、拾ってきた石で家を建てる。今週やった全部——ロゴの環、43ページの落款、扇の勾配のSVG、螺旋の索引——ブリコラージュだった。そして石垣は、ブリコラージュの結晶である。抽象を経ずに具体の中で緻密に思考する方法、それが野生の思考。
ミヒャエル・エンデ
時間泥棒に対して、灰色の男たちに対して。効率の名の下に人の時間を吸い上げるものへの、児童文学からの静かな反乱。Love your long time™️ は、この物語のもう一つの読み方かもしれない。時間は人生のためにある——DUNKSOFT の社是と、モモが立っていた場所は、同じ場所である。
クロード・レヴィ=ストロース
「未開の思考」ではない。抽象概念を経由せず、具体そのものの中で緻密に思考する方法。色付き漢字の四本の針(形・音・色・意味)は、まさに具体の科学である。抽象化してからカテゴリで管理するRDBに対して、フラットファイル+INDEXは野生の思考の実装。sakuin.html も螺旋の索引も、同じ系譜に属している。
パウロ・コエーリョ
日本人の弓道家を主人公にした、コエーリョ最新作。ブラジルの作家が遠く離れた場所から日本の道を書く——外側からの視点が、内側で当たり前だったものを言葉に結晶させる。ヘリゲル『弓と禅』が半世紀前にドイツから同じことをやっている。あいだに立つ書き手の系譜。今週、パエリア協会の栗原事務局長へ貸した。母が弓道を追求した人だという。
これらの言葉は、どれも一度で意味を掴み切ることができない。時々薄れ、また浮かんでくる。読んだ時と、いま思い出す時と、来年また戻ってくる時とで、光の当たり方が違う。だから索引にしておく——固定した用語集としてではなく、水面のさざなみが揺れるたびに、また違う輝きで浮かび上がってくるための、八つの標識として。
反復するもの、こそが、記憶である。